日本西洋史学会報告④

  • 第4試合

湯浅翔馬「フランス第三共和政初期のボナパルト派におけるヴィクトル派の形成と展開 1879-1885」
ボナパルト派の我が世の春といえば、なんたって第二帝政ナポレオン3世である……が、1870年の独仏戦争で敗北し、ナポレオン3世が退位し、第二帝政が崩壊したのちも、政治党派としてのボナパルト派は一定の勢力を保ちつづけた。ただし、ナポレオン3世の息子(ナポレオン4世)が早世すると、だれが盟主となるかをめぐり、ボナパルト派は分裂する。ナポレオン3世の従兄弟ジェロームを盟主=未来のナポレオン5世とするジェローム派と、その息子ヴィクトルを盟主とするヴィクトル派である。湯浅さんは、ヴィクトル派の歴史を、その中心人物ジュール・アミーグとポール・ド・カサニャックの政治思想や行動の異同を中心に、詳細に追いかける。もちいられる資料は、両者の著作集、同時代の刊行文献、そしてパリ警視庁資料(だったかな? もしかすると中央文書館資料[cote BB]だったかもしれない)。
スダン(独仏戦争におけるナポレオン3世の降伏の地)以降のボナパルト派について、ぼくは知らないことだらけだったので、とても参考になった(って、かつて第二帝政を研究したものとして、それでよいのか、自分?)。
し・か・し。
報告の冒頭で全体的な議論の枠組みが十分に提示されないせいか、湯浅さんが提示するファクトがフランス史総体のなかでどこに位置づけられうるのか、イマイチはっきりしない。それゆえ、読後感ならぬ聴後感が「で?」に留まってしまうきらいがあり、聴衆としては不完全燃焼だった。
今年からフランスに留学するそうだが、ぜひ「全体を見る眼」((c)二宮宏之)をゲットしてきてほしい。でも、ボナパルト派研究の第一人者エリック・アンソー(パリ第4大学)あたりに聞いてもらったら、ムチャクチャ喜ばれるかもしれないな、これ。