ソウルの思ひ出


先週の今頃はソウルで過ごしていたのだが、ということは、つまり、あれから一週間たってしまったということである。なんでこんなに時がたつのが早くなってしまったのだろうか……って、それは加計学園問題から目が離せないからである(半分ホント)。
さて、その第8回東アジア・スラブ&ユーラシア研究学会だが、すばらしい好天のソウルで無事に開催された。ぼくがコメンテータとして参加したセッション「ユーラシア化された記憶・歴史紛争」は、なんと国際中東欧研究評議会(International Council of Central and Eastern European Studies、ICCEES)会長を務める重鎮ジョルジュ・マンクさん(Georges Minkパリ政治学院名誉教授)が聴衆として参加し、「左翼から右翼に転向する現象が世界各地でみられてきたのはなぜか?」といった含蓄ある質問をくりだしてくれて、おおいに盛上った。ちなみにマンクさんのパートナーは恵比寿の日仏会館の現館長セシル・サカイさんだと聞き、世界は狭いことを実感した一幕でもあった。
また、ソウル滞在中に時間が出来たので、チョン・ジンソンに「内容は別として、建築学的には興味深いよ」と推薦されていた「戦争と女性の人権」博物館を訪問してきた。同博物館は、元従軍慰安婦の支持団体として日本の自称右翼の方々の一部から蛇蝎のごとく嫌悪されている挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)が民間の寄付を募って開設した博物館であり、当然ながらメインテーマは元従軍慰安婦である。ジンソンに「内容は別として」とあらかじめ注意されていたとおり、ぼくのような日本国民にはツライ展示が続くが、歴史屋としては「知ってナンボ、耳を傾けてナンボ」であり、行かない手はない。
同博物館でもっとも心を打たれたのは、本筋とは関係ないのだが、特別展として、ベトナム戦争に従軍した韓国兵がベトナム人女性に対してはたらいた強姦という史実がとりあげられていたことである。ここに「《日本と韓国・朝鮮》に対する《韓国とベトナム》」という相同関係をみてとることは難しくないだろう。同博物館のキュレーターにとって、韓国は単なる「被害者」ではなく「加害者」たりうる存在として在る。韓国の正史(オフィシャル・ヒストリー)の殿堂のひとつたる戦争記念博物館の展示をみればわかるとおり、韓国の正史にとって「韓国軍のベトナム戦争従軍」はプラスの価値をもつ栄光の史実であり、「ベトナム戦争における加害者としての韓国軍」について展示をおこなうことは、相当の覚悟を要する営為だったはずだ。ここに「公正(フェアネス)」の存在をみてとるのは、ひとりぼくだけではあるまい。
ついでにいうと、学会会場であるチュンアン大学(Chung-An University、中央大学)の最寄駅である地下鉄9号線・黒岩(ヒュクソク)駅の改札を出てエスカレータを上がると、出口の近くに、日本大使館の向かいにある従軍慰安婦記念像のレプリカが置いてある。件の少女像である。横には例によって椅子があるので、ぼくは「座ってみましょうか」といって同行者の顰蹙を買ったが、「戦争と女性の人権」博物館では、大略「横の椅子に座って少女像の手をにぎってみてほしい」というアナウンスがなされていた。おお、ぼくの判断も、まんざら間違いではなかったというわけである。