長い二日酔いの時代に。


さきほど「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律」通称共謀罪法が成立した。内容、審議過程、採決方法、採決方法採用の動機、どれをとっても「不明」の一言に尽き、くらくらしてくる。まるで二日酔いのときみたいだ。
民主党政権期(2009-2012)が終わってから、ぼくらは長い二日酔いの時代をすごしているのかもしれない。そして、この間隙を利用して制定されたのが特定秘密保護法、安保法制諸法、共謀罪法……次は「お試し改憲」だろうか。
ふりかえってみると、民主党政権に対して、人びとは大きな期待をかけた。過大な、といってもよいかもしれない。官僚支配の打破、増税なき財政再建、コンクリートからヒトへ……どれをとっても、基本コンセプトはさほどまちがっていないが、実現には多大の知的努力と、試行錯誤と、なによりも時間が必要な政策課題である。
したがって、ぼくらはガマンしなければならなかった。選挙という民主主義的な手続きでみずから選んだ政権だったのだから、なおさらのことである。自分の行為の結果は自分で責任をとる。当たり前のことだ。
しかし、ぼくらはガマンできなかった。そして、なまじ期待が大きかっただけに、失望とアパシー(無関心)がミックスされた、いわば二日酔いの気分が社会を覆いはじめた。そんな雰囲気のなかで、政権が交代し、長い二日酔いの時代が始まった。
もっとも、二日酔いはいつかおさまる。それが歴史の法則だ……というか、日々ぼくらが身をもって証明しているとおり、単にアルコールがアセトアルデヒド代謝され、アセトアルデヒドが最終的に水と二酸化炭素に分解される、というだけのことなので、法則というのは大げさかな。うん、大げさだな。